作/賭勝正夢
- はじめに
- 失われた声
- チョコレートの好きな空間
- 咆哮菌(オタケビア)
- おわりに
- BACK
失われた声
ちょっとしたイタズラが、思いもよらぬ結果を導いてしまったりすると、とても情けない気持ちになる。そんなイタズラを決して終える事が出来ず、しかもそれがどんどん酷い結果を招くとしたら……。考えたくもない事なので、本文に入ることにする。
僕と山部クンが作業している部屋へ、いきなり入ってくるなり教授は、
「宏行クン、宏行クン」
と、一人でニヤニヤしながら自分の弟を呼びつけた。
だいたい、教授がこんな笑い方をして、しかもクソ丁寧に呼びかける時っていうのは大概ろくでもない事が起こりつつある証拠だ。それをよく知っている彼は、兄の呼びかけを背中でもって黙殺した。すると教授は、別にそれを気にもとめずに、
「雅美クン、雅美クン」
と、ターゲットを僕に移してきた。
僕は気が弱いので、山部クンのように黙殺も出来ずに、
「なんですか?」
と、応えてしまった。
「ものすごい物を発明したんだ。」
もう、教授は体中でワクワクしている。
「見てごらんよ」
と、差し出した両手の上には、無数のビー玉紛いが乗っている。
「へえぇ、綺麗じゃないですか。」
と、僕は言った。
「どうしたんですか? これ。角の駄菓子屋で一袋百五十円か何かだったんですか?」
「金の話はやめたまえ、品がナイから」
教授は憮然として言った。
「こいつは君、僕が考え出した『いきあたりばったり物質転送装置』だ。とてもそうとは思えないだろ?」
「えぇ、思えません。だいたい何処がスイッチなんです? 何処でどう操作するんですか?」
「ふふふ。」
僕の質問に、はじめ教授は含み笑いで応えた。
「言っただろ。こいつは『いきあたりばったり』なんだ。偶然ぶつかった物の振動で作動して、偶然ぶつかったその物体を、いきあたりばったりのイイカゲンな所へ転送しちゃうんだ。ふふふふふー」
教授はまた、悦に入って笑った。
「そんなもん…、どうするんですか?!」
僕は呆れて訊いた。あまりにも目的があやふやで、作った事自体にさえ何のメリットもないように思える。
「気分転換さ。こいつぁイタズラの為の道具なんだ。これがどんなに精巧か、見せてあげるよ。ほら」
と言って教授は、両手に一つずつビー玉を持ち、目の前でカチンと打ち合わせた。その次の瞬間にはもう、そこから二つのビー玉は、すっかり失せてしまっていた。お互いをどこかに転送させてしまったのだ。
僕は今度は呆気にとられて、口をポカンと開けたまま、教授の空になった手を見つめた。
「手品みたい」
教授は本当にニコニコして、
「こいつをこうするのさ」
と言うと、また別のビー玉を一つ、窓から表の通りに投げ落とした。
はじめに、隣家の主人が来てビー玉を踏みつけた。彼は足元が危うくなって滑り、ビー玉は彼の右の靴をどこかへ転送させてしまった。
主人は立ち上がると、まだ靴が無いのに気がつかない右の足で、ビー玉を苛立たしげに蹴飛ばした。すると、ナイロンの靴下が消えた。それから、ビー玉の当たった隣家の塀が、どこかへ消しとんだ。そこで主人はギョッとして自分の足を見た。彼は右だけ素足で通りに立っていた。
「はは、こりゃすごいや」
僕は感嘆の声を上げた。教授も満足気に外を眺めている。
次に子供が来てビー玉を見つけた。
なかなかキレイなので、少年がそれを拾ってストンとポケットに入れると、あっと言う間に彼の半ズボンは転送されてしまった。少年はびっくりして、暫く立ち尽くしていたが、やがてワーワー泣きながら、もと来た方へ戻って行った。
「こーれは…、ちょっと酷なんじゃないですか?」
と、僕が言うと教授は、肩を竦めて申し訳なさそうに笑った。
次に来たのは買い物帰りのおばさんだった。おばさんもビー玉に目をとめて、多分子供にでもやろうと思ったのに違いない、拾ってポイと自分の買い物カゴに入れた。
それからがケッサクだった。カゴが揺れる度に一つ、また一つと中味が消えてゆくのである。カゴ自体が消え去るのも時間の問題と思われた。
「あぁあ」
僕は笑っていいものかもわからずに、複雑な心境でおばさんの後ろ姿を見送った。
ところで、その翌日の新聞記事には驚かされた。『コンビニエンス・ストアを六つも襲った凶悪な強盗犯が、自首して来た』というのだが、問題はその自首の理由である。なんでも、『突然声が出なくなり、恐ろしくなって警察へ駆け込んだ』というのだ。
実際、自首の現場に居合わせた警官の話によれば、犯人ははじめまるで声を出す事ができなくて、口をパクパクするのみだったそうである。まるで要領を得ないので、とりあえず救急病院へ回された。医者が調べてみればなんと、あろう事か声帯付近にビー玉が詰まっている。それを取り出すことで問題は解決したのだが、犯人は呑んだ記憶もないビー玉の出現に、すっかり怯えきっていたという事だ。
世間一般からすれば嘘のような腑に落ちない話であるが、もちろん僕達にはその原因がはっきりとわかっていた。教授が最初に跳ばした二コのビー玉のうちのどっちか片方が、この犯人の喉元に現れたに違いないのだ。『いきあたりばったり』に、である。あの融通の利かないビー玉は、振動を与えてくる犯人の声をも片っ端から次々と、適当な所へ転送してしまったのに違いない。
大方真相はそんな所なのだが、犯人にとって見ればこれはもう天罰に違いなく、終いには気も狂わんばかりで、
「誰か俺の声を見つけてくれぇ!!」
と、連呼するのみだったと告白したそうである。
ちなみに、そのビー玉を調べようとした病院では、次々と不可思議な消失現象が続いた為調査を断念、ビー玉は警察署内の証拠物件を収める倉庫に移管されたらしい。
この話を知って、さすがの教授も大いに顔をしかめた。
「これはちょっと危険過ぎる遊びだったかねぇ」
「ええ。」
僕は言った。
「とんでもないハプニングでしたね」
「うん。こいつはやっぱり、ちょっとアブナ過ぎるみたいだ。何か役に立つやり方が見つかるまで仕舞っておこう」
教授は言って、残りのビー玉をビンに入れ、ああ、何と浅はかにもその状態で戸棚の奥へ仕舞い込んでしまったのだった。だいたい、こんな物がいったい何時の世の中に役立つようになると言うのだろうか?!
その後僕達がその事態に気がついたのは、ちょうどビー玉発明から一年ぐらい経った頃だった。件のビー玉が戸棚から、いつの間にかビンごと消えてしまっていたのである。
地震か何かで、ビンが振動したのに違いない。
世界中に散り散りバラバラになったあのビー玉達は今頃、何処でどんな悪さをしているのかと思うと、わりとゾッとしないでもないのである。そんなわけだから、以来僕はちょっと、ビー玉に対しては神経質になっている。